秋葉原通り魔事件。言葉が無くて泣けてくる
『世界中のどんな人間でも、今日死ぬ可能性、明日死ぬ可能性は同じようにある』
そういう意味では命は平等で、生きることが怖くても後悔しないように毎日を過ごさなければいけない。
現実的にそれが出来るか出来ないか、今の自分は出来ているか、何が本当の後悔か、それは人それぞれ違うだろうけれど、その事を考えさせるための出来事として整理ができること、生きる勇気をもらえることはたくさんある。
だけど、今回のような事件はあまりに不条理すぎて、そんな教訓を当てはめることさえできない。
したくない。
もしも、自分の家族が、恋人が、友人が、そして、自分自身の人生がこんな形で最後を迎えたとしたら...
想像なんてできるレベルではないけれど、今その状態にいる人達がどれほどいるか。
また、同じような事件、境遇に見舞われている人達がどれほどたくさんいるか。
感情を整理できないし、割り切れるはずもない。
人の生命力を奪うようなこの出来事を忘れないことでしか、次に進めない。
その結果、何が残るのかも分からない。
言葉が無くて泣けてくるだけだ。
加藤容疑者は、自らの責任で7人の命を奪っておきながら、警官に拳銃を向けられたときには、自分の命を奪われる恐怖に降伏したという。
やっぱり言葉が見つからないよ。
みんなはどう整理する、いや、整理しようとするんでしょうか。
